相続トラブルの実例「一澤帆布事件」とは

21世紀も始まって間もなくの頃、京都だけでなく日本中を驚愕させた相続絡みのニュースがありました。京都・知恩院前に店舗を構える老舗であり人気ブランドの、布製かばん製造販売業者、一澤帆布工業の経営権を巡る事件です。
小さな同族会社ですから、株式を財産として相続することによって、相続人が自動的にオーナーとなり、経営権を握るわけです。
若い女性にも人気の一澤帆布だけに、この相続争いにして経営権争いは、大きな話題となりました。
不自然な遺言書を元にいったんは長男が跡継ぎとなったものの、最終的にはそれ自体がひっくり返り、後継者である三男が復帰するという結末でした。

事件の時系列

2001年の3代目死去から始まる事件を、できるだけ簡潔におさらいしてみましょう。亡くなった父と、相続開始時にすでに亡くなっていた次男以外、3人の息子との相続の問題です。

・一澤帆布工業は、亡父(3代目)と三男(4代目社長)とで切り盛りしていた

・3代目死去

・弁護士の開封した遺言状には、一澤帆布の株式の3分の2を三男とその妻に譲るとあった

・その後銀行マンであった長男が、日付の新しい別の遺言状を明らかにし、そこには一澤帆布の株を長男(8割)と四男(2割)に相続させるという内容が書かれていた

・三男は新しい遺言状は偽物だと主張し裁判に訴えたが、証拠不十分で敗訴し、長男が有していた遺言書を元に、一澤帆布の新オーナーに

・三男は取締役を解雇されたが、一澤信三郎帆布を設立。一澤帆布工業の従業員はみなこちらについてきた。

・長男は四男とともに、新たに従業員を募集して一澤帆布工業の事業を始める

・京都財界は、のきなみ一澤新三郎帆布を支持。一澤帆布を指定ランドセルにしていた同志社小学校など、一澤信三郎帆布に指定変更した。

・三男の妻が遺言無効確認訴訟に勝訴し、長男の持っていた遺言状の真実性が否定される

・長男は遡って相続財産を失い、過去の株主総会決議もすべて無効

・3年前の相続の時点に遡って三男が正統な後継者となり、長男は一澤帆布を追われる

・現在は、一澤信三郎帆布のもとで、一澤帆布ブランドのかばんも販売されている

事件の特異性

相続問題としても、会社経営の問題としても非常に特異な事件でした。三男本人の裁判では敗訴したのに、その後三男の妻の裁判で、三男サイドが結果的に勝利を収めたという、大逆転劇があったのです。法律に知識のある人ほど、そんな逆転劇が可能なのか疑問に思うかもしれません。

確かに、長男の持ってきた遺言書は客観的に見ると非常に怪しいものでした。弁護士に預けていた遺言書が、巻紙に毛筆でしたためられた仰々しいものだったのに対し、長男の持っていた遺言書はボールペン書きです。しかも印鑑が実印ではなく認印の「一沢」でした。三男によると、3代目はこの表記が嫌いだったとのこと。とはいえ、裁判所が不確かな根拠により遺言書を覆していいものでないことも確かです。最高裁まで行って、三男敗訴で確定した裁判が、別の裁判でひっくり返ることがあってはならないようにも思われます。

ですが、三男の妻は、三男が遺言無効を訴えた最初の裁判では原告になっていません。ですから、三男の裁判の効力(既判力)は三男の妻に対しては働いていないのです。

遺言無効訴訟は単独でも提起できるため、三男の妻が自分自身の権利として訴え出るにあたって、先の裁判は支障とならなかったのでした。

ところで、通常は相続人でない、子の妻に相続に関する訴訟を起こす権利はないはずです。普通には訴えを提起しても却下されてしまいます。

ですが、この点においては、弁護士の保管していた本来の遺言書が役に立ちました。

長男の持っていた遺言書が無効になれば、この遺言書が復活するわけで、その場合に遺産を譲られる三男の妻には、訴えの利益があるわけです。

その裁判の結果、控訴審の大阪高裁において、長男の持っていた遺言が偽物であるという判決が出るのです。

決め手となったのは、筆跡鑑定のやり直しでした。ひらがなの「さ」の書き順が、本来の3代目の筆跡とは異なっていたことが判明します。

大逆転劇による世紀の結末でした。

その後、長男と四男によって採用された一澤帆布の従業員の処遇を巡る労務トラブルはありましたが、和解金の支払いで解決しました。

現在は、長男と四男から三男が取り返した一澤帆布工業は休眠状態のようです。一澤信三郎帆布が一澤帆布の後継企業となっています。

遺言をどう考える

この事件は、相続について考えさせられるケーススタディでした。立派な遺言書が存在しながら、ボールペン字の遺言書に認印を捺したものが、これを覆したのですから、一時的にとはいえ恐ろしいことです。三男とその妻を主たる相続人にする正当な遺言書は、弁護士が保管していたのですが、自筆証書遺言です。

遺言にはもうひとつ書式があります。公証人が作成して保管する公正証書遺言もあり、こちらのほうが偽造に関してははるかに強いものです。

ですが、新たな遺言書が出てくるとなると、事前に作成しておいた遺言書がたとえ公正証書遺言であっても効力において敵わないのです。遺言が複数ある場合、内容が抵触するなら後の遺言が優先されることは、民法の条文にも記載があります。

状況的に、長男の持っていた遺言書は、日付からして亡父がペンを持って書いたにしては状況がおかしいことや、認印しか押されていないことなど、ごく一般的な判断としては不審を抱かせるに十分なものでした。
ですが、最初の裁判ではこの遺言書の有効性を覆す証拠はついに提出できなかったのです。筆跡鑑定が確立しているといえない点も混乱に輪を掛けました。形式的に要件を満たす遺言書の恐ろしさが明らかとなった事件でした。

なぜ偽造が必要だったのか

兄弟3人の間にどのようないさかいが存在したのか、もちろん部外者には不明です。
3代目と4代目とが運営していた一澤帆布を退職し、その後長男と組んで復帰した四男もキーマンです。四男は病弱であったため後を継がなかったということですが、思うところがあったのでしょう。この人も一澤信三郎帆布の近くで新たな帆布のお店を運営しています。

ところでトラブルの原因となったとはいえ、最初の遺言自体、決して不公平なものではありませんでした。株式の3分の2を三男と妻に、3分の1を四男にという内容でした。
一澤帆布の運営に一切タッチしていなかった長男には、預金等の財産を残していました。跡継ぎを誰に指名するかという点と、兄弟間の相続の公平さをきちんと両立させた遺言書と思われます。三男の妻を相続人として扱う前提のもとであれば、かなり合理的な内容といえるでしょう。

長男や四男は、本来の相続人でない三男の妻に遺産が相続され、自分たちの相続分が侵害されるとして、遺留分減殺請求権を行使することはできたはずです。ですが、仮にそうしていても、過半数の株式を握ることはできませんでした。のちに無効となる遺言状を持ち出してきたことには、こうした背景もあったのかもしれません。

とはいえ、共同で会社を盛り立てていた三男を相続人から外す遺言状の内容は、さすがに無理があり過ぎ、世間を敵に回すのに十分でした。そして、長男は経営権こそ握ったものの、従業員は三男の元へ全員が流れ、帆布の仕入れ先にも納入を拒否されるなど、決して事業はスムーズには運ばなかったのでした。
なお、三男の妻が提起した訴訟で確定したことは、長男の持っていた遺言書が偽物であるということだけです。

刑事裁判になったわけでもないので、遺言書を誰がなんのために捏造したのかということまでは、明らかにされていません。