超高齢時代の相続対策を考える「任意後見制度」と「家族信託」のあらまし

厚生労働省によれば、日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性は87.26歳となりました。一方で認知症患者数は、前段階とされる「軽度認知障害」を合わせると、高齢者の約4人に1人が認知症あるいはその予備群とされています。

認知症と診断されると、銀⾏は患者の⼝座を凍結してしまい、また、何の対策も講じていなければ、法定後見制度によりその財産は法定後見人の管理下におかれ、必ずしも本人やその家族の想いや願いが叶わない状態になってしまいます。

本来、人の財産管理や次世代への継承は、人の想いや願いを叶えるものでなければなりません。それを実現する手段の一つとして、「任意後見制度」及び「家族信託」の制度をご紹介します。

成年後見制度とは

始めに、判断能力が不十分な人の権利を保護するために制定された、成年後見制度について見てみましょう。成年後見制度には、「法定後見制度」と「任意後見制度」があります。

法定後見制度の概要と実情

法定後見制度は、本人の判断能力が低下したと判断される時、本人、配偶者、4親等内の親族、検察官、及び、市区町村長などが家庭裁判所に申し立て、家庭裁判所が本人の判断能力により、法定後見人・保佐人・補助人の3類型に区分し選任します。

選任された法定後見人・保佐人・補助人には、本人の意思に基づき生活状況に応じた支援をする義務があり、そのための法的権限が与えられています。反面、利用者の就業や公的資格などに対する制限が200以上もあり、その利用を躊躇する人も少なくないのが実情です。

また、家庭裁判所が職権で選任する為、申立書に候補者として記載した人以外の人が選任されることも多く、そのことに不服を申し立てることはできません。さらに、資産の運用や活用が任意にできなくなり、場合によっては冒頭で述べたように、本人や家族の希望とは違う結果になってしまうことも少なくありません。

任意後見制度とは

法定後見制度と共に成年後見制度の一つである任意後見制度は、対象者が未だ十分な判断能力があるうち、将来に備えてあらかじめ本人自身が選んだ代理人(任意後見人)に、判断能力が低下した時の自分の生活や、財産管理などについて代理権を与える制度です。

任意後見制度の利点

任意後見制度では、自分が希望する人を後見人に選ぶことができ、自分が必用と考える内容を細かく契約に盛り込むことが可能です。

このため、今は未だ元気ですが、将来認知症になったら困るので、今のうちに所有している財産の管理について明確にしておきたいとか、医療や介護、施設入所などの面で自分の希望をかなえたい、などといった場合に有効な制度と言えるでしょう。

任意後見制度の法的要件

任意後見人の資格に法律上の制限はありません。家族や法人を後見人に選任することも、複数の後見人を立てることも可能です。なお、公的な信用力と強制力を持たせるため、契約は公正証書で締結します。

また、家庭裁判所が選任する任意後見監督人が、任意後見人がその責務をしっかりと果たすかどうかを監督します。この監督人が選任されて、初めて契約が発効することになります。要約すると、本人が元気なうちに、公証役場で支援する人と支援の内容を決め、法務局で登記し、本人の判断能力が低下したら家庭裁判所へ申し立て、家庭裁判所が任意後見監督人を選任して発効、という流れになります。

任意後見制度の留意点

せっかく任意後見契約を締結しても、本人と後見人との連絡が途絶えがちになると、任意後見人が本人の判断能力が衰えたことに気が付かない懸念も否定できません。この為、任意後見人が本人を定期的に訪問して状況を把握できるよう、別途「見守り契約」を締結すると良いでしょう。

家族信託とは

さて、任意後見制度、あるいは、遺言でも十分な対応ができない範囲をカバーできる制度として、最近注目されているのが家族信託です。

信託とは、自分の財産を信頼できる受託者に委託して、特定の受益者のためにその管理を任せる仕組みのことですが、この受託者の役割を家族が担う信託を「家族信託(民事信託)」と呼び、2007年に改正信託法が施行され、活用できるようになりました。

家族信託と商事信託の違い

信託と言うと、金銭信託や後見制度支援信託、遺言代用信託などを提供している信託銀行をイメージする人も多いと思います。これらの信託は、信託財産の使途や出金を信託銀行がチェックするため、確かに財産管理に有効な手段の一つではありますが、信託銀行自体が受託者となる商事信託であり、家族信託(民事信託)とは異なります。

家族信託と遺言の違い

家族信託は、改正信託法に基づく契約行為であり、当初受益者(委託者)の死亡に伴う財産(受益権)の移動は相続とは関係ありません。名義が受託者のまま変わらず、財産を引き継ぐ人(受益者)の名前が変わるだけです。なお、設計次第で財産の引き継ぎ先も何代にも渡って指定できます。

また、仮に遺留分減殺請求が認められたとしても、信託財産の名義は受託者のままですから、単に受益権の一部が遺留分権利者に移動するに過ぎず、遺言の場合のように、財産全体が共有物になってしまうリスクを回避できます。

一方、遺言は民法に基づく法律行為であり、一連の相続手続きが必用なことはもちろん、財産の引き継ぎ先も自分の次の世代までしか指定できません。

また、家族信託のような契約行為ではなく単独行為のため、何度でも書き換えることができます。ただし、家族信託契約後に委託者が信託財産に対し別の内容を遺言で書いたとしても、信託財産の名義は既に受託者に変更されているため、その遺言は有効とはなりません。

家族信託のデメリット

家族信託のデメリットとしては、損益通算ができないことを指摘できるでしょう。例えば、農業を経営し同時に収益不動産を所有している場合、いずれかの事業が赤字であれば、通常はその他の事業の黒字で補填し、所得を抑えることができますが、こうした対策ができなくなります。また、複数の信託契約がある場合、それぞれの信託契約をまたいだ損益通算もできません。

家族信託の注意点

(1)相続税の節税対策としては期待できない

家族信託の注意点としては、相続税の節税対策としては期待できないことを認識して置く必要があるでしょう。

家族信託で、当初受益者の死亡により受益権が2次受益者に移動するのは、民法に基づく相続ではなく、あくまで信託法に基づく受益権の移動に過ぎないのですが、税法では相続税の対象とみなされます。生命保険の死亡保険金が、本来は受取人固有の財産であって、相続財産ではないと判例で確定しているにも関わらず、みなし相続として相続税が課せられるのと同じ理屈で、相続と契約との関係とは別に、相続税が課されてしまうのです。

もちろん、基礎控除、配偶者軽減、小規模宅地特例、相続時精算課税制度等もすべて活用できますが、あくまで税と法は別の物として考えるしかないことを理解して置きましょう。

(2)法律の解釈が完全に定まっているとは断定できない

家族信託は歴史が新しく判例も少ないことから、法律の解釈も完全に定まっているとは言い難い面も否定できません。

例えば、家族信託では受益者を契約の中で何代にも渡って指定できることから、事実上の家督相続を可能にしていますが、これが遺留分減殺請求の対象となるかどうかについても見解が別れる場合があります。

まとめ

超高齢社会は、相続においても大きな問題になっています。殊に認知症患者の増加は、相続対策を考える上でも避けることはできません。一方で、認知症になったと言っても命にかかわる病気ではなく、その後しばらく長生きされる方も決して少なくありません。

また、超高齢社会では、認知症だけではなく介護や病気、ケガ、あるいは経済的なリスクなど、さまざまなリスクに対応していかなければなりません。こうした超高齢社会の有力な相続対策の一つが、ご紹介した任意後見制度や家族信託であると言って良いでしょう。

被相続人に関心があれば良いのですが、現実としてはなかなか難しいと思われます。本人だけではなく、子世代も含め、親子で意識を高めていく必要があるのではないでしょうか。